2017年7月21日 (金)

『「怒り」のマネジメント術』を読んで

図書館で『<実践>自分の小さな「箱」から脱出する方法』 原題'Leadership and Self-Deception: Getting Out of the Box' を読もうと思って行ったんですが、読み始めて、理屈としては合っている、なんか理屈っぽい、枠を作って売らんかなみたいな感じがしたので、さらーっと読んで


書架に『「怒り」のマネジメント術』 安藤俊介 (2011, 朝日新聞出版)

という本を見つけ手に取ってみました。

と言うのは、海の日の連休に出かけていた時に、自分では自分のことをそんなに怒りっぽいとは思っていないのですが、飛行機の機内やイミグレーションの列に並んでいるときに、他人に対してつい声に出して苛立ちを露わにしてしまい、反省の意味も込めて読んでみました。

だって、小太りの男二人でタイ旅行の奴らが、ただでさえ脇腹とか肘がはみ出してきて鬱陶しいのに、B席の奴がトイレに立って帰ってきて座って1、2分でA席の奴がトイレって、さすがに声に出して「まとめて行っとけや!」と言ってしまった。

最近BKKのイミグレは出国も時間かかるし、やっと前のカップルの順番になったら出国カードは持っているものの記入していなくて、ブースで書き始めて、「そんなもん予め書いとけや!」と声が出てしまった。心が狭いなー。


まあ、特に理由を探さなくても、日常生活でコンビニのとろい客とかエレベーターですぐ「閉」ボタン押さないヤツ、人混みでぶつかって詫びもしないヤツとか、「怒り」の対象になる輩は枚挙にいとまがないから読んでおいて損はないかなと。

=== メモ ===

"マネジメント"とは、怒らなくててもいいことには、怒らない。怒るとしても、表現方法や場所を選ぶ。

あなたを怒らせているのは、本当は「あなた自身」 それをどうとらえるかが問題。
出来事との遭遇 → 出来事の意味づけ → 「怒り」の感情の発生

「怒り」は「アレルギー」に似ている。反応が出る人、出ない人がいる。

心のメガネ = コアビリーフ、自分の常識・ルール、「いい」も「悪い」もない、人生経験による。

怒りを引き出しやすい何かをトリガーと呼び、人によっては学歴であったり、人を待たせるのは良くないとか

対症療法
怒りのレベル分け、0~10、や可愛い毒を吐いてみるとか
自分のコアビリーフに基づき出来事の意味づけをしている時間をどうするか?
  ー 頭を空にする、白い紙を思い浮かべるとか
  ー 別の思考でいっぱいにする、数を数えるとか
気持ちのいい場面を思い出す
それでもダメなら、とりあえず逃げる。自分の理由でタイムアウトを取る。
「我々の」議論はうまくいっていない、とか言うと墓穴を掘る

体質改善
日時、場所、出来事、思ったこと、言動、して欲しかったこと、結果、怒りの強さ、を記録する。
あとから、「思ったこと」の傾向を分析する。解析したパターンから、自分の行動をひとつだけ変えてみる。

〜すべき、レッテル貼り、大げさに言わない/正確さを持って批判なら批判する

日本語の「なんで」 ≠ Why
責めるニュアンスがある
『私』を主語に

=== メモおしまい ===


以下、短い感想
怒っている人に対して「かわいそうな人」という枠組みを使ってこれまでは自分の気持ちをおさめたりしていたが、どうしても自分を上に置いて事態を処理しているという感じは否めない。(筆者の言う所の対症療法)違う心のメガネを持った人も世の中にはいると考え、自分と他人の怒りのメカニズムを考えた方が応用が利く。



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2017年7月20日 (木)

『今夜も木枯らし』 風間一輝を読んで

2008年に青森まで自転車で行った話を書いたんですが、きっかけは風間一輝氏の『男達は北へ』を読んだことでした。

手元にある作品を読み返そうかと思ったのですが、例によって図書館蔵書を検索かけました


たまたま未完の遺作『今夜も月は血の色』

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の方を先に読んでしまったのですが、こっちの方に主人公がなぜ旧版の百科事典を売り歩くことになったのか書いてあります。


続きの『今夜も木枯らし』 、群馬県からジャパゆきさんを救出する話。

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旧版の百科事典を売り歩くコミッションベースのセールスマンの背景を繰り返し説明するところ、逃走劇のあっちゃこっちゃを追いかけていると途中で飛ばしたい気分になってしまうところを除いて、面白いプロットで楽しめました。


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2017年7月19日 (水)

『嫌われ松子の一生』を観て

ちょっと前にアマゾンプライムで『下妻物語』を2度目観て、オススメされたのでダウンロードして飛行機に中で。

歳を重ねると、コミカルタッチ、面白いところ、ミュージカルちっくなところ以外に、含んでいるテーマが深すぎる。
自転車の練習で行っている荒川の描写がいい。
もっと含まれているテーマはいっぱいあるのだけれど、上手く書けないなあ。

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2017年7月18日 (火)

『神様が降りてくる』白川道を読んで

故白川道さんのハードボイルドの話は前に書いたのですが、出かけるのに昔の作品を読み返そうと思ったのですが、引越しの時に段ボールに入れてどこにあるのか分からないので、図書館の蔵書を検索かけてみました。


『神様が降りてくる』 (2015年)を読んでみました。結果として氏の遺作となってしまったようです。舞台は沖縄。

馳星周氏のみるくゆーも読んでいるので、占領下のゴタゴタには少しは下敷きがあり、久しぶりに白川節を楽しませてもらいました。

感想:「やはり最後には殺しちゃうんですね、限りない絶望、ハッピーエンドは有り得ないと」


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2017年7月14日 (金)

『情報強者』伊藤洋一 新潮新書を読んで

図書館に行ったら、禁帯出・館内での閲覧のみの書架に並んでいたので、何の気無しに手に取ってみました。

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ラジオ日経でやっている伊藤洋一氏の Round Up World Now! はポッドキャストでかれこれ数年聞いているので、氏の情報収集方法(夜中に起きたり)、入力方法(iPhone、音声入力を活用)、編集出力方法(ブログ、FB等で発信)については知っているつもりでした。

が、主たる内容としては、如何にダブった情報や必要のない情報から自分を守り、思考のループを考え出すかというものかと思います。

氏の言葉だと「思い切って捨てること」「ループ(思考の輪)をつくること」が原則だと言っています。

また言葉を変えて、

同じような情報は頭に何回入れても仕方がない。
同じような情報は捨てなければならない”とも。

確かに自分自身を振り返ってみると、Twitter でNHKニュースのツイート見て、お昼に同じことをラジオで聞いて、ともすると夜7時のニュースで同じ内容を聞いたりすることもあります。

またYahoo!ニュースを定期的に見る習慣はありませんが、そこに選ばれているニュース項目は必ずしも自分の興味に沿ったものではないのに、それで時間や自分の脳力を浪費してしまっているかもしれません。

以前に『ぼくたちに、もうモノは必要ない』佐々木典士を読んだと書いたんですが、これとつながるところで、モノ(情報)を捨てることによって原始時代からたいした進化をしていない脳のCPUパワーを解放することにつながると思います。


朝8時からのBS1の各国からのニュースの有用性(翻って日本のニュースの閉鎖性)については、そう思いますし、テレビがある時は見たりするのですが、いかんせんテレビに無縁な生活、NHKオンデマンドでたまに見るくらいだと、著作権の関係で海外のニュースは見られないので、痛し痒しと言ったところです。
  Bloomberg TV とか気が向く時は毎日見たりしてるのですが、見ないと見ないし、BBCとかABCは見る習慣になっていないので、私としては要改善なところです。(Hola VPN Chrome Plug-in を入れてBBCを見ようと思いましたが、無料会員だとP2Pで自分の帯域を差し出すことになりなんとなく気持ち悪く、このへんをお試し中、CBSは普通に見られる)

また、人は「快楽情報」にしがみつきがち、というのも耳の痛い話です。気に入らないからと言ってA新聞の記事を読まなかったり、自分のタイムラインに流れてくるニュースだけ見たり、お気に入りのニュースサイトだけ見たり、というのは反対意見を少なくとも知っておくと言った観点からいけません。

軽くページをめくるだけのつもりでしたが、1時間くらいで読んだ中では自分なりの気づきもあって良かったです。


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2017年6月28日 (水)

『ぼくたちに、もうモノは必要ない』佐々木典士を読んで

図書館で予約して受け取るまで何週間かかかりました。

読む前は、モノがなくなってシンプルな生活になれば心もすっきりする、または、心穏やかに過ごしている人はモノが少ない、的な本だと思っていました。断捨離本に続くなんかブームに乗っかろう的な本かという先入観もありました。

しかし、自分の心中に起こった事を自分の言葉で書いていること、ナナメ上から目線でないなど好感を持ちました。(*)アドラー的な心理学も下敷きにして書いているとも思います。



以下、感想文というよりは、備忘録、引っかかったところをメモしたまで。

身の回りにすでに必要なモノはある、なぜならそれらを買う時にすごく欲しくて検討もしたはず。

捨てられない「性格」というのは存在しない → 捨てられない理由がわかれば → 技術と習慣の問題に
明らかな「ゴミ」、複数あるもの、1年使わなかった、人の目線を引くためのモノ、などの順番で捨てていく。
「必要」なモノ ←→ 「欲しい」モノ  を分けて意識する。

捨てづらいモノは写真に、モノを捨てることと思い出を捨てることは別

過去のモノと向き合うこと = 自分の過去とばかり向き合うこと

もう一度買いたいと思えるか?

捨てられるかは、「悩んだ」時点で捨てられる

大量の本やCD、DVDを「自分自身」だと思い込む → 捨てる → 「自分」からの自由

(*) 一瞬で不幸になれる方法に触れているところで、ある女性を著者は好きだったのだが、振られたのは男性が高収入だったからとしたりした逸話を引いていたり、単に他人との比較をやめるためにSNSをやめなさい的な内容に終始していなくて良かった。

モノを減らすと集中力が高まる ← モノが脳の処理能力を浪費している、脳自体は石器時代とかからたいして進化していない、モノが発する「沈黙のメッセージ」、かまって、洗って等に惑わされる。

捨ててみて著者は自分と向き合うことができたと思う。その時間が取れたことが重要だと思う。

『自分の小さな「箱」から脱出する方法』のシリーズを薦めていた。

モノがないと相手に集中 → 夫婦の場合たくさん話す → 良好な関係

「友達や大事な仲間は魔法の数字、つまり"3人"でいい」 映画 Into the World

「差」を刺激として感じる、「幸せ」みたいなものとして感じてしまう
  ←→ 感謝、今を生きる・幸せを今感じる、モノではなく「人」

当たり前だけど、古代の哲学者とか、お坊さん、科学者とかモノに囲まれていないよなーと思う。

趣味のトライアスロンの人と話していて、自転車を輸送するケースに我々はホント無駄な家賃を払い、心を悩ませているなー、収納ボックスを自宅に送ってくれて往復運んでくれるサービスは割高だけれど、本来やらなければならないことに集中するのには良いなあと思う。

トライアスロンの大会に行くと、記念Tシャツやらフィニッシャータオルが山のようにたまるのですが、なかなか捨てがたく、同じ大会の記念品でも古いものから順に捨て始めたところで、私の場合まだ道のりは遠いといった感じです。

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2017年6月25日 (日)

ハーフマラソンDNSし東北旅行(11)

街には緑がいっぱい、しかも立派は広葉樹が、広瀬川も流れてる。海も近い山も近い、ちょっと行けば温泉もいっぱいある、でちょっと用事があれば東京にも新幹線ですぐに高速バスではお安くそれなにり来ることができる。

仕事とかお金の問題がなければ住みたい街だなあと思いました。

今回少し歩いたので伊坂幸太郎氏の作品を読むときに参考になるでしょう。ちなみに氏は仙台出身だとずっと思っていたのですが松戸出身だったんですね、コレを読んで知りました(笑)


読んだことある作品について思い出してみると、

『ゴールデンスランバー』は結構ハラハラして読めたし、なんか反体制というか自分だけを信じることができる強い意思を感じた。


『砂漠』は最初学生時代の設定になかなか入っていけなかったのだけれど、とにかくマイペースというか自分が強い主人公に引き込まれ、最後は泣けてきたなー。


デビュー作の『オーデュポンの祈り』もさかのぼって読みました。やはりカカシがしゃべるということで、最初作品に入っていけなかったのだけれど、最後は泣けてくる。仙台沖の猫がいる島のあたりを地理的に勝手に想像して読んでた気がします。

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2017年4月20日 (木)

『「大転子ランニング」で走れ! マンガ家 53歳でもサブスリー』を読んで

マンガ家みやすのんき氏の第1作目は、実際にその人は速いし理論的実践的にも信用のおけると思っている人が薦めていたので読んでみました。


第1作目 走れ!マンガ家 ひいこらサブスリー

これを読んで自分も記録を目指そうかなと思ったところ、昨年の鯖江つつじマラソンあたりで故障してしまい、その後はいつものパターン。

改めて読み返したところ、1年前の自分ではこの本の良さというか、股関節主導で進むところが理解できていなかったのかもしれない。

鯖江ハーフではとにかくペースが上がらないので、焦ってふくらはぎで思いっきり蹴ってしまい、折り返しの10km過ぎで、ふくらはぎや股関節に痛みを感じて歩いて帰って来たんだった。


第2作目 大転子ランニング

2作目が出たのは、アマゾンのオススメから知ったのかもしれない。とにかく注文して読んでみて第1作とカブっているのかなぁ、と思ったら、もちろん基本動作というか意識は変わらないのだが、分かりやすく腹に落ちるように解説されていた。もちろん自分も故障したり色々考えたので、腹落ちしたのであろうが。

ちょっと試してみたところ、大転子から回転させ、股関節の切り替え、スイッチングの意識で、自然とピッチが上がる。

これまではピッチをあげようとする意識自体が末端意識になってしまっていた。これまで大会に出て、周りのランナーと比べてピッチが遅い方だと思っていたのが、早い方に変わっていた。この本を読んだ後、「本庄早稲田の杜クロスカントリー&ハーフマラソン」(長いな)に出場した時、途中動きが悪くなってきたら、切り替え切り替え!とぶつぶつ言いながら動きを取り戻してみた。

末端意識に関連して、これまではフラットに着地という意識自体が末端意識につながっていたかもしれない。大転子を回すこと、ハムストリングスと臀筋で地面を押す以外、腿を前に振り上げてストライドを増やすとか、ふくらはぎで地面を蹴るとかをやらないように。下肢の前後の筋肉には筋電位を発生させないようなイメージを心掛けた。


骨盤から前に乗り込んでいく、というか、骨盤を前に押し出して進んで行く意識もどっかに書いてあった気が。これはハイテクでマシンをやっていた感覚と近いので、それを思い出しながら走ってみて、まあ実現できているかなという気持ちはある。

第1作の中で触れられていた『ミラクルボディー』のマラソン編の動画を優酷で発見して、本庄のハーフの前に2度ほど見た。

後半、思ったようにスピードが出なくて、ふくらはぎで蹴ったり股関節の前面意識で脚を前に振り上げて股関節に違和感を感じたら、大転子を股関節周りに回すイメージで走りを元に戻した。

相変わらず、着地音は消えていなくて、股関節回りが硬くショックを吸収できていないのであろうが、


ひきつづき、みやすのんき氏の大転子ウォーキングの本を読んで、

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お腹をゆるめ、着地側にしっかり体重を乗せ、大転子を外に出し衝撃を吸収するような意識で歩き、その感覚をランニング時の感覚にフィードバックできたら良いと思う。


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2015年12月23日 (水)

『そうだ、葉っぱを売ろう!』

流行り物ですが、読んでみました。居酒屋かどこかでガイヤの夜明け的な番組を見たのがきっかけだとおもいます。


徳島県の上勝町、何度もマスコミに出てますが。


『そうだ、葉っぱを売ろう!』 横石知二


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2015年12月22日 (火)

『このレシピがすごい』を読んで

『男のハンバーグ道』の著者の土屋敦さんです。



これを読んでから、檀一雄の料理の本と

『このレシピがすごい』の中では、おからを使ったコロッケについて触れられていました。

邱永漢さんの奥さんの料理本を買いました

で、檀一雄の本の中で邱永漢氏のドンポーローのレシピとの比較の話が出てきたので買ってみました。ちょっと時代というか、奥さんの出自(=たいへんなお嬢さんぶり)を感じさせてくれて面白かったです。基本的には大好きな広東料理ばかりですし。いくつか作ってみたいと思います。

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