2017年10月 6日 (金)

『増補 サバイバル!』服部文祥

NHK第一ラジオの朝の番組『すっぴん!』にゲストで出演されていたので、最新の小説は図書館で予約したのですが、すぐには読めないので、こちらを読んでみました。

日本海側から上高地に抜けるのに、山で山菜を採ったり沢で岩魚を釣ったりするサバイバルな面より、山に「ゲスト」として来ている普通の登山客とのやり取りをいかに避けるか、やり過ごすかに苦心されていた、自分のやり方を貫くことの難しさの方が印象に残った。


道具は「なくして気にならない範囲で最良の物」を選び、あまり愛着を持たないほうがいい。命より大事な道具は存在しない。頭の痛い話です。


登山のリスクについての考え方は、究極的なリバタリアンだと思う。あえて危険なことをしに行く自由、究極的には好き勝手に死ぬ自由。

自然界にはいって、死んでしまえば動物の食料になるわけで、この意味では人間という動物は他の動物について対等、究極のリベラリズムだと思った。また鳥葬、チベット仏教の世界観についても思った。


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2017年10月 3日 (火)

陳健民『さすらいの麻婆豆腐』

そもそも陳健民さんって四川人じゃないんだ、湖南省出身(原籍)なんですって。末っ子で小さい頃父親が無くなって、母親と四川の宜賓に移ったそうです。

口述筆記で書かれた本かどうかわかりませんが、健民さんの口調が人情味があって面白いです。

宜賓で見習いをしていたところから、雲南で鴉片とか栽培しちゃったり、無一文になって武漢、上海と長江を下って、台湾、上海と来て、最後に日本にやって来たお話とか知らなかったし面白かったです。そのへんが「さすらいの」なんでしょうね。アッチの人は健民さんだけに限りませんが、向上心というか山っ気が強い人だったのでしょうか。

後半は日本で料理学校を開いたり、四川飯店の紆余曲折なんですが、健民さんにとっては我が子のようなもんでしょうから、経営的に成功失敗、いろいろ思い入れがあるのでしょう。


麻婆豆腐にしても、麻を弱めに日本人向けにアレンジしたり、白雲肉(豚バラゆでたやつ)とか四川では下に野菜なんか敷いてないんだけど、健民さん、ワタシ少しうそつきました、みたいなことを言っていて人柄がにじみ出てるなと。

四川省が国民党最後の砦であったのは、天然の地形と天府之国と呼ばれ豊富に作物が穫れたのもありますが、日本人が来なかったので、東北の餃子と違って戦後すぐ日本に紹介されることなく、健民さん達の来日を待たなければいけなかったんですね。


マグロとか煮干しのダシとか苦手、でも納豆は好きなんですって。豆板醤を入れて醤油をたらしてネギをちらして。
実際にやってみましたが、キムチと混ぜて食べるより豆板醤の方が好きかも。

四川料理の宴会料理は辛くなくて、冷盆がスゴイ(野菜やハム類が鳳凰のように盛られたり)とあったんですが、大人数で四川料理を食べた事がなく、一度見てみたい味わってみたいと思いました。

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2017年10月 2日 (月)

飛行機の(乗り方)(ある暮らし)

どこで知ったのか忘れましたが、パラダイス山元氏の著作を借りて読んでみました。

別にマイル稼ぎとか旅の裏技を期待していたわけではありませんが、面白くなかったです。

ふぁいぶすたーえあらいん えーえぬえー が大好きな人にはウケるかもしれません。

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国内タッチが主戦場だとしても、飛行回数を重ねる中でどっかの国で面白い体験してきたお話が読ませてもらえるのかと思ったら、そんなこともなく。期待外れでした。


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2017年7月21日 (金)

『「怒り」のマネジメント術』を読んで

図書館で『<実践>自分の小さな「箱」から脱出する方法』 原題'Leadership and Self-Deception: Getting Out of the Box' を読もうと思って行ったんですが、読み始めて、理屈としては合っている、なんか理屈っぽい、枠を作って売らんかなみたいな感じがしたので、さらーっと読んで


書架に『「怒り」のマネジメント術』 安藤俊介 (2011, 朝日新聞出版)

という本を見つけ手に取ってみました。

と言うのは、海の日の連休に出かけていた時に、自分では自分のことをそんなに怒りっぽいとは思っていないのですが、飛行機の機内やイミグレーションの列に並んでいるときに、他人に対してつい声に出して苛立ちを露わにしてしまい、反省の意味も込めて読んでみました。

だって、小太りの男二人でタイ旅行の奴らが、ただでさえ脇腹とか肘がはみ出してきて鬱陶しいのに、B席の奴がトイレに立って帰ってきて座って1、2分でA席の奴がトイレって、さすがに声に出して「まとめて行っとけや!」と言ってしまった。

最近BKKのイミグレは出国も時間かかるし、やっと前のカップルの順番になったら出国カードは持っているものの記入していなくて、ブースで書き始めて、「そんなもん予め書いとけや!」と声が出てしまった。心が狭いなー。


まあ、特に理由を探さなくても、日常生活でコンビニのとろい客とかエレベーターですぐ「閉」ボタン押さないヤツ、人混みでぶつかって詫びもしないヤツとか、「怒り」の対象になる輩は枚挙にいとまがないから読んでおいて損はないかなと。

=== メモ ===

"マネジメント"とは、怒らなくててもいいことには、怒らない。怒るとしても、表現方法や場所を選ぶ。

あなたを怒らせているのは、本当は「あなた自身」 それをどうとらえるかが問題。
出来事との遭遇 → 出来事の意味づけ → 「怒り」の感情の発生

「怒り」は「アレルギー」に似ている。反応が出る人、出ない人がいる。

心のメガネ = コアビリーフ、自分の常識・ルール、「いい」も「悪い」もない、人生経験による。

怒りを引き出しやすい何かをトリガーと呼び、人によっては学歴であったり、人を待たせるのは良くないとか

対症療法
怒りのレベル分け、0~10、や可愛い毒を吐いてみるとか
自分のコアビリーフに基づき出来事の意味づけをしている時間をどうするか?
  ー 頭を空にする、白い紙を思い浮かべるとか
  ー 別の思考でいっぱいにする、数を数えるとか
気持ちのいい場面を思い出す
それでもダメなら、とりあえず逃げる。自分の理由でタイムアウトを取る。
「我々の」議論はうまくいっていない、とか言うと墓穴を掘る

体質改善
日時、場所、出来事、思ったこと、言動、して欲しかったこと、結果、怒りの強さ、を記録する。
あとから、「思ったこと」の傾向を分析する。解析したパターンから、自分の行動をひとつだけ変えてみる。

〜すべき、レッテル貼り、大げさに言わない/正確さを持って批判なら批判する

日本語の「なんで」 ≠ Why
責めるニュアンスがある
『私』を主語に

=== メモおしまい ===


以下、短い感想
怒っている人に対して「かわいそうな人」という枠組みを使ってこれまでは自分の気持ちをおさめたりしていたが、どうしても自分を上に置いて事態を処理しているという感じは否めない。(筆者の言う所の対症療法)違う心のメガネを持った人も世の中にはいると考え、自分と他人の怒りのメカニズムを考えた方が応用が利く。



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2017年7月20日 (木)

『今夜も木枯らし』 風間一輝を読んで

2008年に青森まで自転車で行った話を書いたんですが、きっかけは風間一輝氏の『男達は北へ』を読んだことでした。

手元にある作品を読み返そうかと思ったのですが、例によって図書館蔵書を検索かけました


たまたま未完の遺作『今夜も月は血の色』

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の方を先に読んでしまったのですが、こっちの方に主人公がなぜ旧版の百科事典を売り歩くことになったのか書いてあります。


続きの『今夜も木枯らし』 、群馬県からジャパゆきさんを救出する話。

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旧版の百科事典を売り歩くコミッションベースのセールスマンの背景を繰り返し説明するところ、逃走劇のあっちゃこっちゃを追いかけていると途中で飛ばしたい気分になってしまうところを除いて、面白いプロットで楽しめました。


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2017年7月19日 (水)

『嫌われ松子の一生』を観て

ちょっと前にアマゾンプライムで『下妻物語』を2度目観て、オススメされたのでダウンロードして飛行機に中で。

歳を重ねると、コミカルタッチ、面白いところ、ミュージカルちっくなところ以外に、含んでいるテーマが深すぎる。
自転車の練習で行っている荒川の描写がいい。
もっと含まれているテーマはいっぱいあるのだけれど、上手く書けないなあ。

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2017年7月18日 (火)

『神様が降りてくる』白川道を読んで

故白川道さんのハードボイルドの話は前に書いたのですが、出かけるのに昔の作品を読み返そうと思ったのですが、引越しの時に段ボールに入れてどこにあるのか分からないので、図書館の蔵書を検索かけてみました。


『神様が降りてくる』 (2015年)を読んでみました。結果として氏の遺作となってしまったようです。舞台は沖縄。

馳星周氏のみるくゆーも読んでいるので、占領下のゴタゴタには少しは下敷きがあり、久しぶりに白川節を楽しませてもらいました。

感想:「やはり最後には殺しちゃうんですね、限りない絶望、ハッピーエンドは有り得ないと」


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2017年7月14日 (金)

『情報強者』伊藤洋一 新潮新書を読んで

図書館に行ったら、禁帯出・館内での閲覧のみの書架に並んでいたので、何の気無しに手に取ってみました。

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ラジオ日経でやっている伊藤洋一氏の Round Up World Now! はポッドキャストでかれこれ数年聞いているので、氏の情報収集方法(夜中に起きたり)、入力方法(iPhone、音声入力を活用)、編集出力方法(ブログ、FB等で発信)については知っているつもりでした。

が、主たる内容としては、如何にダブった情報や必要のない情報から自分を守り、思考のループを考え出すかというものかと思います。

氏の言葉だと「思い切って捨てること」「ループ(思考の輪)をつくること」が原則だと言っています。

また言葉を変えて、

同じような情報は頭に何回入れても仕方がない。
同じような情報は捨てなければならない”とも。

確かに自分自身を振り返ってみると、Twitter でNHKニュースのツイート見て、お昼に同じことをラジオで聞いて、ともすると夜7時のニュースで同じ内容を聞いたりすることもあります。

またYahoo!ニュースを定期的に見る習慣はありませんが、そこに選ばれているニュース項目は必ずしも自分の興味に沿ったものではないのに、それで時間や自分の脳力を浪費してしまっているかもしれません。

以前に『ぼくたちに、もうモノは必要ない』佐々木典士を読んだと書いたんですが、これとつながるところで、モノ(情報)を捨てることによって原始時代からたいした進化をしていない脳のCPUパワーを解放することにつながると思います。


朝8時からのBS1の各国からのニュースの有用性(翻って日本のニュースの閉鎖性)については、そう思いますし、テレビがある時は見たりするのですが、いかんせんテレビに無縁な生活、NHKオンデマンドでたまに見るくらいだと、著作権の関係で海外のニュースは見られないので、痛し痒しと言ったところです。
  Bloomberg TV とか気が向く時は毎日見たりしてるのですが、見ないと見ないし、BBCとかABCは見る習慣になっていないので、私としては要改善なところです。(Hola VPN Chrome Plug-in を入れてBBCを見ようと思いましたが、無料会員だとP2Pで自分の帯域を差し出すことになりなんとなく気持ち悪く、このへんをお試し中、CBSは普通に見られる)

また、人は「快楽情報」にしがみつきがち、というのも耳の痛い話です。気に入らないからと言ってA新聞の記事を読まなかったり、自分のタイムラインに流れてくるニュースだけ見たり、お気に入りのニュースサイトだけ見たり、というのは反対意見を少なくとも知っておくと言った観点からいけません。

軽くページをめくるだけのつもりでしたが、1時間くらいで読んだ中では自分なりの気づきもあって良かったです。


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2017年6月28日 (水)

『ぼくたちに、もうモノは必要ない』佐々木典士を読んで

図書館で予約して受け取るまで何週間かかかりました。

読む前は、モノがなくなってシンプルな生活になれば心もすっきりする、または、心穏やかに過ごしている人はモノが少ない、的な本だと思っていました。断捨離本に続くなんかブームに乗っかろう的な本かという先入観もありました。

しかし、自分の心中に起こった事を自分の言葉で書いていること、ナナメ上から目線でないなど好感を持ちました。(*)アドラー的な心理学も下敷きにして書いているとも思います。



以下、感想文というよりは、備忘録、引っかかったところをメモしたまで。

身の回りにすでに必要なモノはある、なぜならそれらを買う時にすごく欲しくて検討もしたはず。

捨てられない「性格」というのは存在しない → 捨てられない理由がわかれば → 技術と習慣の問題に
明らかな「ゴミ」、複数あるもの、1年使わなかった、人の目線を引くためのモノ、などの順番で捨てていく。
「必要」なモノ ←→ 「欲しい」モノ  を分けて意識する。

捨てづらいモノは写真に、モノを捨てることと思い出を捨てることは別

過去のモノと向き合うこと = 自分の過去とばかり向き合うこと

もう一度買いたいと思えるか?

捨てられるかは、「悩んだ」時点で捨てられる

大量の本やCD、DVDを「自分自身」だと思い込む → 捨てる → 「自分」からの自由

(*) 一瞬で不幸になれる方法に触れているところで、ある女性を著者は好きだったのだが、振られたのは男性が高収入だったからとしたりした逸話を引いていたり、単に他人との比較をやめるためにSNSをやめなさい的な内容に終始していなくて良かった。

モノを減らすと集中力が高まる ← モノが脳の処理能力を浪費している、脳自体は石器時代とかからたいして進化していない、モノが発する「沈黙のメッセージ」、かまって、洗って等に惑わされる。

捨ててみて著者は自分と向き合うことができたと思う。その時間が取れたことが重要だと思う。

『自分の小さな「箱」から脱出する方法』のシリーズを薦めていた。

モノがないと相手に集中 → 夫婦の場合たくさん話す → 良好な関係

「友達や大事な仲間は魔法の数字、つまり"3人"でいい」 映画 Into the World

「差」を刺激として感じる、「幸せ」みたいなものとして感じてしまう
  ←→ 感謝、今を生きる・幸せを今感じる、モノではなく「人」

当たり前だけど、古代の哲学者とか、お坊さん、科学者とかモノに囲まれていないよなーと思う。

趣味のトライアスロンの人と話していて、自転車を輸送するケースに我々はホント無駄な家賃を払い、心を悩ませているなー、収納ボックスを自宅に送ってくれて往復運んでくれるサービスは割高だけれど、本来やらなければならないことに集中するのには良いなあと思う。

トライアスロンの大会に行くと、記念Tシャツやらフィニッシャータオルが山のようにたまるのですが、なかなか捨てがたく、同じ大会の記念品でも古いものから順に捨て始めたところで、私の場合まだ道のりは遠いといった感じです。

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2017年6月25日 (日)

ハーフマラソンDNSし東北旅行(11)

街には緑がいっぱい、しかも立派は広葉樹が、広瀬川も流れてる。海も近い山も近い、ちょっと行けば温泉もいっぱいある、でちょっと用事があれば東京にも新幹線ですぐに高速バスではお安くそれなにり来ることができる。

仕事とかお金の問題がなければ住みたい街だなあと思いました。

今回少し歩いたので伊坂幸太郎氏の作品を読むときに参考になるでしょう。ちなみに氏は仙台出身だとずっと思っていたのですが松戸出身だったんですね、コレを読んで知りました(笑)


読んだことある作品について思い出してみると、

『ゴールデンスランバー』は結構ハラハラして読めたし、なんか反体制というか自分だけを信じることができる強い意思を感じた。


『砂漠』は最初学生時代の設定になかなか入っていけなかったのだけれど、とにかくマイペースというか自分が強い主人公に引き込まれ、最後は泣けてきたなー。


デビュー作の『オーデュポンの祈り』もさかのぼって読みました。やはりカカシがしゃべるということで、最初作品に入っていけなかったのだけれど、最後は泣けてくる。仙台沖の猫がいる島のあたりを地理的に勝手に想像して読んでた気がします。

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