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2017年6月28日 (水)

『ぼくたちに、もうモノは必要ない』佐々木典士を読んで

図書館で予約して受け取るまで何週間かかかりました。

読む前は、モノがなくなってシンプルな生活になれば心もすっきりする、または、心穏やかに過ごしている人はモノが少ない、的な本だと思っていました。断捨離本に続くなんかブームに乗っかろう的な本かという先入観もありました。

しかし、自分の心中に起こった事を自分の言葉で書いていること、ナナメ上から目線でないなど好感を持ちました。(*)アドラー的な心理学も下敷きにして書いているとも思います。



以下、感想文というよりは、備忘録、引っかかったところをメモしたまで。

身の回りにすでに必要なモノはある、なぜならそれらを買う時にすごく欲しくて検討もしたはず。

捨てられない「性格」というのは存在しない → 捨てられない理由がわかれば → 技術と習慣の問題に
明らかな「ゴミ」、複数あるもの、1年使わなかった、人の目線を引くためのモノ、などの順番で捨てていく。
「必要」なモノ ←→ 「欲しい」モノ  を分けて意識する。

捨てづらいモノは写真に、モノを捨てることと思い出を捨てることは別

過去のモノと向き合うこと = 自分の過去とばかり向き合うこと

もう一度買いたいと思えるか?

捨てられるかは、「悩んだ」時点で捨てられる

大量の本やCD、DVDを「自分自身」だと思い込む → 捨てる → 「自分」からの自由

(*) 一瞬で不幸になれる方法に触れているところで、ある女性を著者は好きだったのだが、振られたのは男性が高収入だったからとしたりした逸話を引いていたり、単に他人との比較をやめるためにSNSをやめなさい的な内容に終始していなくて良かった。

モノを減らすと集中力が高まる ← モノが脳の処理能力を浪費している、脳自体は石器時代とかからたいして進化していない、モノが発する「沈黙のメッセージ」、かまって、洗って等に惑わされる。

捨ててみて著者は自分と向き合うことができたと思う。その時間が取れたことが重要だと思う。

『自分の小さな「箱」から脱出する方法』のシリーズを薦めていた。

モノがないと相手に集中 → 夫婦の場合たくさん話す → 良好な関係

「友達や大事な仲間は魔法の数字、つまり"3人"でいい」 映画 Into the World

「差」を刺激として感じる、「幸せ」みたいなものとして感じてしまう
  ←→ 感謝、今を生きる・幸せを今感じる、モノではなく「人」

当たり前だけど、古代の哲学者とか、お坊さん、科学者とかモノに囲まれていないよなーと思う。

趣味のトライアスロンの人と話していて、自転車を輸送するケースに我々はホント無駄な家賃を払い、心を悩ませているなー、収納ボックスを自宅に送ってくれて往復運んでくれるサービスは割高だけれど、本来やらなければならないことに集中するのには良いなあと思う。

トライアスロンの大会に行くと、記念Tシャツやらフィニッシャータオルが山のようにたまるのですが、なかなか捨てがたく、同じ大会の記念品でも古いものから順に捨て始めたところで、私の場合まだ道のりは遠いといった感じです。

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