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2015年5月20日 (水)

昨日のつながりで

今日は本橋信宏著『東京最後の異界鶯谷』を読了しました。

読み始めて、どっかで親しみのある視点の持ち方というかを感じました。

正岡子規の子規庵の話とか三平さんの資料館の話とか交えながら、でもほとんどはソッチ方面の話なのですが、

でも読み終えたあと、

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子規庵と

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中村不折の書道博物館は行ってきました。三平さんの資料館は午後3時閉館だったのでまたの機会に。


季節柄あたりまえですがヘチマはまだ育っていなかったです。

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縄文時代まで根岸の辺は砂州でその他は海、寛永寺のあたりから丘だったというあたりから、鶯谷の下の方がエトス(生)で山の手の寛永寺の方からがタナトス(死)という行は、下の方では生を生み出す(本当は)営みを、坂を登ったらお墓ばかり死後の世界なので、なかなかどうしてそうだなあと思いました。

北口の24時間営業の居酒屋が、最近の芥川賞作家さんの行きつけの店だったというのもこの本で知りました。


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