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2013年4月23日 (火)

第29回全日本トライアスロン宮古島大会反省文

敗軍之將、不可以言勇。
    〔出典〕 『史記』淮陰侯列伝

敗軍の将、兵を語らずと言います。


カラダの具合が悪くても、トレーニングできていなくても、他の人には完走が目標と言っていても、自分を含め誰でも自分で設定した目標があると思います。今回は、スイム1時間(こころざし低ぅー)、バイクT1・T2含めて6時間切るくらいできれば5時間40分くらい、ラン5時間の目標を内心立てていた。

結果、デュアスロンになったものの、第一ランとバイクパートT2まで合わせて6時間34分、ランパートが5時間50分、計12時間24分だった。トライアスロンとの単純な比較はできないが、2009年のベストタイムから2時間落ち。加齢とか故障があってもこれはイタダケナイ。

もともと私がトライアスロンを始めた2007年の徳之島の大会で知り合った人とレース後のパーティーで話をしていたら、徳之島大会は4月末締め切りでまだ間に合うとのこと。今日さっそくオンラインエントリーを済ませ、エアーも手配した。相対的な順位はどうでも良くて、今の自分の体調で納得できるレース内容ができたらと思う。リベンジだ。


=== 以下反省文 ===

装備編
ウエットスーツを忘れた。デュアスロン用の二足目のシューズを確信犯的に持ってこなかった。
その他細かい工具やランキャップも忘れた。

大会までの過ごし方
水曜に宮古入りしていたのに、短いスイム2回やっただけで(ウエットが無かったので長い時間海に浸かっていられなかったというのもあるが)カラダを動かしていなかった。

大会当日
第一ラン単体での記録がないので分からないが、途中から知り合いと話をしながら走っていたくらいなのでペースは抑えられたと思う。

バイクは北風が強かったので平良市内まで心理的にはかなり抑えて走ったはずだが、落ち着くまで心拍数的には150-60いっていた気がする。ランの後のバイクというのは初めてだったこともあるが、ふくらはぎに違和感が出てストレッチしようとすると攣りそうな感覚があった。池間大橋手前のストレートでインナーで回していたものの、とにかく脚を休めることができないので、大腿前部がかなり使われている感覚はあった。

池間島を回って追い風基調になってから東平安名崎の80KM地点くらいまで、21-23Tを使ってしまうような坂は150拍くらい行くほかは140前後を保って気分的に余裕を持っていたと思う。過去一ヶ月のアップダウンのコースでの練習の成果か2009年の大会に比べて宮古島程度の坂は心理的には全く気にならなくなった。もちろん速い遅いは全く別だが。このへんの下りでシューズをペダルから外して硬くなった大腿四頭筋のストレッチを試みるも逆にハムストリングスが攣ってしまいそうになり、前門の虎、後門の狼の感が。

スイムが中止になるくらいなので風は強く、気温も低かったのだが、それが大腿の痙攣に影響したのか。トライアスロンのコーチをしているような人でも低体温症になってレース後点滴したと聞いたし。もうひとつは、いつも飲んでいるスポーツドリンクを甘く作り過ぎ、飲み難くて半分も飲めなかった。これも原因かもしれない。バイクの最初100キロは、小さい紅芋大福5個、小さい包みの羊羹が主食で、パワーバーのジェルとか全然摂ってなかったからミネラル系が不足していたかも。

イムギャーからドイツ村の方にかけて向かい風のなか思ったより前に進まない感覚。1周目の向かい風区間でやっちゃったかなーと言う考えが頭をよぎる。平良市内のコンビニでトイレ借りて、いつまでもウォーミングアップしててもしょうがないと思い、脚の調子は悪そうだが池間の手前のストレート区間前後からアウターで踏んで行った。

あとで考えるとこの辺で脚が終わってしまったかもしれないが、向かい風基調だとどうしても回すペダリングだと進まない気がして、実際に進まないし、70rpmくらいの遅めのケイデンスで回していたのが脚を使い果たしてしまった原因かもしれない。はたまた3月から直前までの山での練習で遅めのケイデンスに慣れてしまって回せなくなったのかもしれない。

池間大橋から総合運動場への帰り道は追い風で回すペダリングなので、脚の不調はあまり意識しなかった。しかし、バイクを降りてラン開始で自分の大腿四頭筋はすでに終わっているのを実感した。途中電柱に手をついてストレッチをしてみるも、逆に本当に攣ってしまいそうだった。加速する方のハムもだめっぽいので、骨盤の回転だけで歩みを前に進めようとした。それでもペースを1KMごとの距離表示ごとに確認してみると、最初の3キロくらい6分台では走れていたようだ。設定のキロ7分より速いのでペースを落とした。しばらくこのペースを保って、でも城辺(ぐすくべ)の集落あたりでペースがどんどん落ち始め8分ペースになった。2009年の大会の時もなぜか同じ集落辺りでペースが設定から落ちたのをなぜか覚えている。21キロの折り返しは約2時間40分だった。往路と同じペースで復路を走れれば5時間20分なのだが、そんなのは絶対に無理でなんとか5時間30分あたりで折り合いを付けたいと思っていた。

折り返し後もガンガンペースは落ち、キロ9分台になってしまった。これだと少しの上り坂で歩いている人と同じ速度に落ちてしまう。実際、キツい坂は歩くようにしていた。全くもって脚が上がらないので、骨盤の回転というか腹斜筋だけで走っているような感じ。足は前に出ないものの、故障につながるような痛みが無かったのは幸いだった。

35kmの関門を制限時間に対して1時間以上余して通過できたので、まあ完走はできると践んでいたが、増す増すカラダが動かなくなるので、歩く割合が増えてきた。最後の方はちょっと頑張って2、3分縮めるより、変にどこかを痛めてしまうのが怖くて、それでも制限時間ギリギリだと人がぐちゃぐちゃでヤダなと思い、制限時間5分前くらいにフィニッシュラインを通れるように調整してゴールした。

教訓
やはりバイク練習はランの代替にはならない。ある程度距離を踏まなければいけない。ランがダメだと予め分かっているなら、バイクを意識的に余力を多く残さないと。

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